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  • Little Canada

学校とは

最近、きっかけが複数あって、思い出したこと。


父が亡くなったとき、私は小学3年生になったばかり。


お葬式の翌日、母から、学校へ行くように言われました。少なくとも翌日は休むのかと思っていた私。なんせ、だれにとっても、突然のことだったので。


でも、母は、子どもが家にいても何ができるわけでもない、子どもは学校に行くのが仕事。そう言って、私を送り出した。妹も幼稚園へ。


担任の先生の驚いた顔は今でも忘れられません。「(絶句)え、来たん?しばらく休むのかと・・・」。


先生から知らされた同級生たちからは注目の的。同情されるのが嫌。私自身が何か変わったわけじゃない。そんな気持ちを飲み込みつつ、学校でも家でも、いつも通り過ごしました。先生もどうしたらいいのかわからなかったんだろうな、と思ったし、何より、家では、大人たちが、その後のことで忙しそうだったから、学校でこんなことが・・・なんてことは言ってはいけないと思ったから。


その後、学校行きたくないな・・・と思う別の出来事が。4年生の時、月曜日の朝礼の度に、貧血で倒れるように。鉄欠乏性貧血ではなく、起立性低血圧だったのでは、とわかったのは、大人になってから。中学生になる頃には全く起こらなくなったけど、憂鬱な月曜の朝が続きました。当時は、保健室の先生も知識がなかったようで、「朝ご飯食べてきたん?」と毎週聞かれて辟易しました。いっぱい食べてたのに。


今なら、学校に行きたくない立派な理由になると思います。朝礼に出なくてもいい、とか、保健室で待機する、とか、対応してくれるでしょう。当時の私は、なんで大人はそういう発想をしないんだろう、と思っていました。月曜日は行きたくない、でも、行かない、とは思わなかった。好ましくない体験や、大人の矛盾を感じながらも、子どもなりの処世術を身につけていくのだと思います。


お葬式の翌日。学校へ行きなさい、と母が言ってくれてよかったと思います。学校へ行くのは、子どもの義務だと身をもって経験できた。


今は、学校は行くべきところだとしない考えもあるかもしれない。学校に変わる場所の選択肢も複数ある。子ども時代に、社会のどこかに所属していること。毎日そこへ行くこと。大事なことではないでしょうか。